江藤俊哉先生のベートーヴェン・チクルス

もの凄い録音が残っていた!日本のヴァイオリン界の重鎮、江藤俊哉先生が弾くベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会。江藤先生のソナタの録音は、ブラームス全3曲(RCA)、シューマン全3曲(Fontec)、ディートリヒ、シューマン、ブラームス合作のF.A.Eソナタ(RCA)、ヘンデルの6曲(Camerata)がスタジオ録音として残されている。江藤先生は1人の作曲家の全曲録音を完成してこられ、ベートーヴェンも協奏曲こそリリースされていたが、ソナタ全10曲を収録した記録はこれまで確認されていなかった。このCDは江藤俊哉先生によるベートーヴェンの全ヴァイオリン・ソナタを聴くことができるのみならず、残された録音が少ないとされるシドニー・フォスター氏のライヴを聴くことができる大変貴重な記録であり、そのリリースは驚きと喜びを持って迎えられた。

ブックレットには当時のプログラムの記事が多数転載されているが、そこには、ゴールドベルクとクラウスによる戦前のチクルス以来久しい期待が寄せられたコンサートであったこと、江藤俊哉先生、シドニー・フォスター氏本人による思いも寄せられ、この演奏会が如何に注目を集め、演奏者自身の準備に余念なく慎重に行われたかが窺える。それは、演奏を聴けば納得させられるのだが、誰もが耳にするスプリングやクロイツエルはもちろん、全10曲が素晴らしい。当時、恐らく現在よりも演奏機会の少なかったであろうソナタがこれまた素晴らしく、神経の行き届いた演奏に感動させられる。246番の表現、演奏は心をつかむ。その中でも6番の美しさは出色の演奏である。こんなに美しく演奏された第2楽章はめったに出会えない。また、その次に演奏された7番のテンションの高さ、緊迫感は時の経つのを忘れて、この曲の持つ世界観に引きずり込まれる。ライヴならではの1回に賭ける気迫によって生み出された演奏は真に一期一会。ベートーヴェン創作初期から後期までの10曲を纏めて3夜で演奏しているが、2人の演奏家のベートーヴェンのそれぞれの時期におけるスタイルの弾き分け、解釈が明確に打ち出された演奏である。録音方式はモノーラルであるが、1962年当時の日本の録音としてはかなり良好で、江藤俊哉先生の美しい音色を明確に捉えている。

2020年はベートーヴェン生誕250年の記念の年で、様々なイベントやリリースが企画されたが、緊急事態宣言が発令されるなど影響が大きく、コンサートの中止が相次ぎ、CDのリリースも遅れがちであった。そのような状況下で、キングインターナショナル社は発売日を約半月も早め、聴衆の元へこのCDを届けてくれた。キングインターナショナル社の熱意と丁寧なマスタリングには脱帽、感謝である。

 

私は江藤俊哉先生が学長を務められた時代に、音楽学校でその薫陶を受けた。江藤先生のご病気が進み、演奏にされることは無く、実演に触れられなかったことが誠に残念であった。それでも教育に熱意を注がれた江藤先生のゼミで演奏を聴いて頂いたり、同級生の演奏を指導された際に聴講することができた。江藤先生の優しい語り口からは、音楽に対する真摯さ、厳しさ、暖かさ、等々短い時間の中で非常に多くの事を学ばせて頂いた。当時、お身体の自由がきいたのならば、このCDに録音されたライヴのように、我々学生の前で演奏してくださったことだろう。色々な思いがこみ上げてきて、聞いた感動的な演奏であった。この素晴らしいCDを少しでも多くの方に聞いて頂きたいと心から願っている。

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